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「美味しさ」を見つける その③ ~「嗅覚」の美味しさ~
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減塩コラム

各先生に減塩に関するコラムを
執筆していただいています

「美味しさ」を見つける その③
 ~「嗅覚」の美味しさ~


前回は美味しさの要素として「味覚」についてお話ししました。今回は、「嗅覚」がどのように美味しさに関わっているのか、そのメカニズムについて見ていくことにしましょう。

嗅覚

「美味しさ」は五感で感じるものであることは何度も述べてきましたが、美味しさの決め手は実は「嗅覚」にあると言っても過言ではありません。『塩分を「減らす」その②』のコラムでも、鼻づまりの時に香りを感じることができず、食事が美味しく感じられなかった経験について触れましたが、我々が「味」と感じているものの多くは、実は「味覚」ではなく「嗅覚」に起因しているのです。

例えば、目をつむり鼻をつまんだ状態で、オレンジジュースとグレープフルーツジュースを飲み比べると、意外にも両者の区別がつきにくいことが知られています。においが感じられないと、酸味と甘味が似ているオレンジやグレープフルーツを区別できないということは、我々が普段「オレンジ味」や「グレープフルーツ味」と感じているものは実は「オレンジのにおい」や「グレープフルーツのにおい」であることがわかります。逆にオレンジ味と記載されている飲料では、無果汁であってもショ糖や人工甘味料にオレンジ風味の香料を添加することで、「オレンジジュース味」が再現されていますので、嗅覚をうまく利用していることになります。

また興味深いことに、味覚低下を訴えて来院した患者さんを対象にした研究調査では、味覚低下を訴える患者さんの多くが、味覚障害ではなく嗅覚障害を有していたと報告されています。この調査結果からもわかるように、我々が「味」と感じているのは、実は味ではなく「におい」であることが多いのです。つまり、美味しく食べるためにはにおいがとても大切で、香りを活用することで美味しい減塩にも役立ちます。

オレンジ

においは鼻粘膜にある嗅細胞によって感知されますが、においの経路には、(息を吸う時に)鼻の穴から鼻粘膜に到達する経路(前鼻腔経路)と、(息をはく時に)口腔内の食物のにおいが喉の奥から鼻へ押し出される経路(後鼻腔経路)の2種類があります。食物のにおいは食べる前から前鼻腔経路から感知することができますが、口の中で噛んでいる時や飲み込んだ後に感じるにおいは後鼻腔経路から到達します。

この経路の違いは、実は食品の風味にとって重要な役割を果たしていて、前者による香りを「アロマ」、後者による香りを「フレーバー」と呼び、コーヒーの香りの違いを説明する表現としてもよく用いられています(ちなみに、コーヒー豆を挽いた時の香りは「フレグランス」と呼ばれ、コーヒーにお湯を注いだ時の香りである「アロマ」とは区別されています。面白いですね)。

ヒトが味とにおいを混同してしまうのは、食べる時に「フレーバー」を味覚と錯覚してしまうからだと考えられます。この点から、よく噛んで食べることは、単に食べ物の消化によいだけでなく、後鼻腔経路からの「フレーバー」によって食べ物をより一層美味しくしてくれると言えそうですね。ちなみに私もワインやコーヒーをよく飲みますが、「アロマ」と「フレーバー」の違いを知ってから、ワインやコーヒーの美味しさをより楽しめるようになりました。

コーヒー

人間の嗅覚は味覚に比べて極めて鋭敏であることが知られています。味覚のうち甘味やうま味を感知するセンサーである「受容体」は意外なことにそれぞれ1種類ずつしか味細胞にありません。苦味だけは受容体が数十種類あることが知られています(ちなみに塩味と酸味を感知するセンサーは「受容体」ではなく「イオンチャンネル」と呼ばれるもので、センサーの種類が異なります)。

一方で嗅覚については、なんと約400種類の「受容体」があることが知られています。嗅覚は嗅細胞の「におい受容体」で認識されて脳に伝わります。1つの嗅細胞には1つの受容体しかありませんが、興味深いことに、におい分子とにおい受容体は1:1に対応しておらず、1つのにおい分子が複数の受容体で感知されます。そのため、1つのにおいは複雑な情報の組み合わせとして認識されるため、最終的に何十万種類というにおいを鑑別することができるのです。


味覚である甘味・塩味・うま味・苦味・酸味には「相互効果」があることを前回のコラムで触れましたが、実は味覚と嗅覚の間にも相互作用があることが知られています。過去に行われた実験では、甘味にバニラの香りを添加すると、味覚としての甘みが増強し、脳内の味覚を感じる部位(大脳皮質味覚野)も活性化されました。

また、塩味はベーコン(豚肉の塩漬け)の香りを添加すると増強することも知られています。面白いことに、塩味にバニラの香りやイチゴの香りを加えても塩味は増強しません。味とにおいが調和している時にのみ相乗効果が得られることから、味覚と聴覚の情報が脳内で複雑に処理されていることがわかります。

我々はまさに脳で「美味しさ」を感じとっているのです!ちなみに「嗅覚」は記憶が正確で、簡単に忘れるものではありません。「懐かしい味」とよく言われますが、味の記憶の大きな部分を占めるのは味覚ではなく、嗅覚と考えられています。

バニラアイス

この「味覚と嗅覚の相互作用」は、減塩にも積極的に活かせそうですね。例えば、塩味がベースとなる料理に対しては、しょう油やバター、ニンニクなどの香り豊かな食材を積極的に活かすことで塩味をより際立たせ、余分な塩分を減らすことができるのではないでしょうか。ただし、しょう油やバターには塩分も含まれていますので、むしろ過剰摂取になってしまわないように、少量を効果的に用いるのがポイントです。その意味で「焦がししょう油」や「焦がしバター」のように、香ばしさそのものを高める調理の工夫も「美味しい減塩」に役に立ちます。お肉やお魚そのものを焼いた時の香ばしい香りとうまく調和すると、もう想像するだけでたまりませんね。

料理の味だけでなく香りも味方につけて、美味しい減塩を目指しましょう。塩分以外のいろいろな味とともに、いろいろな香りを食事に取り入れて、皆さん一人ひとりにとって健康的な「美味しさ」を是非みつけましょう。それが「美味しい減塩」への王道です。

ハーブ鶏

次回は「味覚」「嗅覚」に続き、「視覚」や「聴覚」と美味しさについてお話しします。それでは、またお会いしましょう!

文献・出典
(1)
Shepherd GM. Smell images and the flavor system in the human brain. Nature. 2006;444:316-21. PMID: 17108956