塩分を「測定」する その①
“If you can not measure it, you can not improve it.” Lord Kelvin.
(測定できなければ、改善することができない。 ケルビン卿※
※物理学者.絶対温度の単位「K(ケルビン)」は彼の名に由来.
今回のコラムでは2回に分けて、健康管理に重要な減塩を実践するにあたり、自宅の調理で使用する塩分や、自分が実際に摂取した塩分を「測定する」ことの大切さについてお話しします。
前回お話ししましたように、塩分の摂り過ぎは高血圧の原因となり、高血圧は心臓病、脳血管病、腎臓病といった多くの臓器障害を引き起こします。そのため高血圧の予防や治療には減塩がとても重要です(1)。
なお、参考までに、塩分の摂り過ぎは高血圧をはじめとする心血管病だけでなく、がん、特に胃がんとも関連していることが知られていますので、その点からも要注意です。
国内の高血圧治療ガイドライン2019では食塩の1日摂取量を6グラム未満にすることを目標としていますが(2)、実際の日本人の1日塩分摂取量は約10グラムであり、国際的に見ても日本人の塩分摂取量が多いことはこのコラムで既に述べられている通りです。
私は腎臓内科医の立場から、高血圧や腎臓病の患者さんに対して減塩指導を積極的に行っていますが、適切に塩分を控えることによって高血圧が改善されることは日常診療においてよく経験します。
しかし一方で、患者さんから「いつも薄味を意識しています」といった言葉をよく聞くものの、実際に減塩ができていないケースが多くあることもまた事実です。
残念なことに、患者さんの「薄味にしている」といった減塩に対する主観的な意識は、必ずしも十分な減塩(1日あたり6g未満)につながっていないことが国内の調査結果からも示されています(3)。
なぜ減塩はうまくいかないのでしょうか。禁煙や減量と同様に、健康によい行動を促すことは、それほど簡単なものではありません。
人間が行動(生活習慣)を変える場合は「無関心期」→「関心期」→「準備期」→「実行期」→「維持期」の5つのステージを通ると考えられており、これは行動変容ステージモデルと呼ばれます(4)。(図)
行動変容のステージをひとつでも先に進むには、その人が今どのステージにいるかを把握し、それぞれのステージに合わせた具体的な働きかけが必要になります。
減塩行動に関してよく経験するのが「実行期」における「意識のずれ」です。
上で述べたように、「薄味を意識している」つもりでも、実際に減塩摂取量を測定してみると、全く減塩ができていないことがよくあります。
その背景には、減塩が必要な患者さんの多くに、塩味に対する「味覚障害」があることが挙げられます。
味覚障害というと大げさに聞こえますが、濃い味付けに慣れてしまうと舌が麻痺して薄味が感じにくくなることは皆さんにも経験があるかと思います。これも一種の「味覚障害」と言えるでしょう。
ミネラルの1つである亜鉛が体内に欠乏することで味覚障害が起こることは医学的によく知られていますが、加齢や糖尿病、腎臓病によっても味覚障害をきたすことが知られています(5)。
味覚障害によって塩分に対する感覚が麻痺してしまうと、塩味の濃い味付けを濃いと認識できません。
この状態であれば「うす味と感じている」患者さんが、実際には知らず知らずのうちに塩分を多く摂ってしまうこともうなずけます。これはもはや患者さんの意識の問題ではなく味覚の問題ですので、医療者が単に「頑張って減塩しましょう」と言っても、患者さんにしてみれば「頑張って薄味にしています」ということになってしまいます。
ですので、このギャップを埋めるためには、自宅の調理で使用している塩分量や実際に摂取した塩分量が多いことに患者さん自身に気づいてもらうことが必要です。
以上から、塩分量を「測定」することが、減塩の出発点であることが理解して頂けるかと思います。
それでは次週のコラムでは、具体的に塩分測定のポイントについてお話しします。
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文献・出典
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」策定検討会.
日本人の食事摂取基準(2020年版)「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書.2019.
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf - 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会.「高血圧治療ガイドライン2019」
ライフサイエンス出版.2019.
- Ohta Y, et al. Relationship between the awareness of salt restriction and the actual salt intake in hypertensive patients. Hypertens Res 2004;27:243-6.
- 厚生労働省.e-ヘルスネット「行動変容ステージモデル」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-07-001.html - 任智美.第119回日本耳鼻咽喉科学会総会教育セミナー「味覚障害の診断と治療」.
日本耳鼻咽喉科学会会報.2019;122:738-43.