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減塩コラム:「減塩指導の効果」その③ | 千葉東病院 腎臓内科 川口 武彦先生
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減塩コラム

各先生に減塩に関するコラムを
執筆していただいています

「減塩指導の効果」 その③

 今回のシリーズでは、減塩に関連して、患者さんの指導についてお話しをしてきました。最近では医療の世界にもデジタルテクノロジーが浸透し、オンライン診療やスマートフォンなどのアプリを用いた治療が現実に行われるようになっていますので、患者さんの指導や自己管理支援においても、デジタルデバイスを用いた手法が今後どんどん活用されていくに違いありません。

デジタルデバイス

 参考までにアメリカでは、2010年にウェルドック社の糖尿病治療アプリである「BlueStar(ブルースター)」がアプリとして初めて米食品医薬品局(FDA)で承認されました。これは成人の糖尿病患者さんを対象に、アプリを用いて血糖の自己管理を支援するものです。これを皮切りに、アルコール依存症、高血圧症、うつ病などの患者さんに対しても、行動療法や自己管理を支援するアプリが続々と開発・活用されるようになりました。日本国内でも2020年にキュア・アップ社のニコチン依存症治療アプリである「CureApp SC(キュア・アップ・エスシー)」が医療機器として初めて承認されたことが話題になりましたね。コロナ禍でリモートワークやリモートライフへの変化が著しい現代においては、医療や健康管理の領域においても今後デジタルテクノロジーの活用はさらに活発になっていくことでしょう。

スマートフォン

 このような背景にあって、減塩に関しても、いろいろなデジタルデバイスを用いた指導が工夫できそうです。実際に、ウェブベースの教育プログラムによる効果について調べた研究が、最近海外で報告されました。今回のコラムでは、この研究を皆さんに御紹介したいと思います。

 これは、前回ご紹介した研究と同じオランダで行われた研究で、対象は外来の腎臓病患者さんです。この研究においても、通常の診療・ケアを受ける患者さんと、通常の診療・ケアに加えて減塩のための特別な教育プログラムを受ける患者さんの2つのグループに割り付けました。特別な教育プログラムでは、まず3か月間の集中的な指導を受けます。その内容は、管理栄養士による面談を受けた後に、減塩のためのウェブベースの自己管理プログラムを用いて、患者さんの目標達成をサポートすることになります。具体的には、食品の違いが塩分摂取量に及ぼす影響について理解を促したり、自分の塩分摂取量をモニタリングしてフィードバックしたりするものです。ウェブベースであればデジタルモバイルの使用も可能となりますね。

Webでのサポートプログラム

 また3カ月間の集中サポート期間中には、2時間のグループ指導を2回と、電話または電子メールによる個別コーチング(eコーチング)を最低2回は実施します。3か月間の集中サポート期間が終了した後の6ヵ月間は、サポート維持期間としてウェブベースの自己管理プログラムが中心となり、1~4回の個別のeコーチングを受けることができました。とても充実した教育プログラムですね。なお(前回コラムの繰り返しになりますが)この研究が行われたオランダでは、成人における塩分摂取量の目標は1日6グラムで、日本の高血圧患者さんや腎臓病患者さんの目標である1日6グラムと同じ値となっています。

 この研究では参加者に、指導開始前、指導開始3ヵ月後、指導開始9ヵ月後(3ヵ月の集中指導終了6ヵ月後)に外来を受診してもらい、塩分摂取量を測定して、2つのグループ間で比較しました。教育プログラム開始3か月後の調査で、教育プログラムを受けたグループ(45人)では、1日あたりの塩分摂取量が平均11.0グラムから8.6グラムまで減少したのに対し、通常ケアのみのグループ(44人)では有意な変化はありませんでした。1日塩分摂取量の変化量を2つのグループで比べると、教育プログラムを受けたグループの方が1日あたり平均1.8グラムも減少していました!一方で、9ヵ月後の調査では、教育プログラムを受けたグループの1日あたりの塩分摂取量は平均9.3グラムで維持されていたのですが、なんと驚くべきことに、通常ケアのみのグループでも1日あたりの塩分摂取量が平均10.2グラムから9.0グラムまで減少してしまいました。この結果、教育プログラムを受けたグループで塩分摂取量を減少・維持できたのにも関わらず、残念なことに通常ケアを受けた群との差は9か月後にはなくなってしまいました。

 この予期しない結果をどのように解釈したらよいでしょうか。この研究を行った研究者の考察では、通常のケアを受けたグループの参加者も、研究に参加していることを意識することで、研究に参加していない場合よりも塩分摂取量を減らそうとする動機付けとなった可能性があることを指摘しています。このように、人が「注目される」ことで成果を上げようと力を発揮する現象は「ホーソン効果」として知られています。いい意味で他人から注目されると自分の意思決定にも大きく影響し、自分の行動が変わってくることは往々にしてありますが、今回の研究でも、通常ケアのグループの参加者にも繰り返し塩分摂取量を測定することで「ホーソン効果」が生じてしまったのかもしれません。この点からも、教育プログラムによる減塩効果を厳密に評価するのは、それほど簡単なことではないことがわかります。しかしながら、ウェブベースの教育プログラムによって3ヵ月後に効果的に減塩できたことは、今後デジタルデバイスを用いた減塩指導の効果を期待することができ、とても興味深いですね。

健康診断レポート

 デジタルイノベーションが加速する時代では、いろいろな領域で教育や指導のやり方も進化していきます。減塩の教育・指導に際しても、これを利用しない手はありません。「美味しい減塩」をテーマに、減塩のための「料理の工夫」や「食べる時の工夫」を情報として共有するだけでなく、継続的に減塩を実践するために、デジタルデバイスも積極的に活用できるといいですね。

 最後に、暑い日がまだまだ続きます。塩分が極端に不足すると脱水症や熱中症になってしまう危険性がありますので、大量に汗をかく時や食欲が落ちている時など、状況によっては適切に塩分を補充することも大切です。皆さん一人一人の体調やライフスタイルに合った、健康的な減塩(適塩)を目指しましょう。それではまた!

減塩

文献・出典

  1. 加藤浩晃 編. デジタルヘルストレンド2021 「医療4.0」時代に向けた100社の取り組み. メディカ出版. 2021.
  2. Humalda JK, Klaassen G, de Vries H, Meuleman Y, Verschuur LC, Straathof EJM, Laverman GD, Bos WJW, van der Boog PJM, Vermeulen KM, Blanson Henkemans OA, Otten W, de Borst MH, van Dijk S, Navis GJ; SUBLIME Investigators. Am J Kidney Dis. 2020 Jun;75(6):847-856. PMID: 31955921
  3. Anderson CAM, Wright CM, Ambeba EJ. A Web-Based Self-management Sodium Intervention in Individuals With CKD. Am J Kidney Dis. 2020 Jun;75(6):824-826. PMID: 32327201