「美味しさ」を見つける その⑥
~「触覚(食感)」の美味しさ~
今回のシリーズ最後は、五感のうち「触覚(食感)」と美味しさについてお話しします。
美味しさの感覚の中心は一般に味覚や嗅覚と考えられていますが、実は、口の中の触覚・食感がその主役であると言ってもいいでしょう。表面はツルツル、中身はコシがあって歯ごたえ抜群の讃岐うどん。外側はパリパリ、内側はモチっとしたフランスパン。口の中でくすぐったさと心地よさが拡がるプチプチのイクラやつぶつぶのタラコ。衣はサクサクで具材はジューシー感たっぶりの天ぷら。キンキンに冷えてシュワっとのど越し最高のビールや炭酸飲料。どれをとってもみても、その美味しさは味や香りだけで説明できるものではなく、口あたり、歯ごたえ、舌ざわり、のど越しなど、口の中の全ての触覚、すなわち食感が大きく影響しています。
逆に、麺がのびた讃岐うどんや湿気てしまったフランスパン、プチプチ感やつぶつぶ感のない魚卵、ぬるく気の抜けたビールは、正直なところどれもあまり口にしたいとは思えないですよね。実は、私は個人的には、美味しさの感覚の中で食感が最も重要だと感じています。特にパスタはアルデンテ(麺が固めで噛み応え十分)でないと!と思っていますので、麺を茹でる時は一時も鍋から離れないのでした(笑)。食感による美味しさを最大限引き出すことができれば、塩分をたくさん使用しなくても間違いなく美味しい食事を楽しめますので、減塩に役立てることができるでしょう。
食感は、口腔内の粘膜(上皮細胞)が4種類の体性感覚である触覚・圧覚・痛覚・温覚を感じ取ることで認識されます。これらの体性感覚は、皮膚や筋肉といった身体の他の部位に存在するものと同じですが、その刺激を感じ取る受容体の数は他の部位よりも口腔内に非常に多く存在しています。これはヒトが生きていく上で食感が重要な感覚であることを示す証拠とも言えます。食べることが生存に関わる行為である以上、味覚も嗅覚も元来は食べものが安全かどうか判別するための重要な感覚であったわけですが、食感も同様に好ましくない食べものかどうか(例えば、硬すぎて噛んだり飲み込んだりできるのか、極度に高温や低温で身体に有害なものでないか)を判断するための重要な感覚であるわけです。
味覚や嗅覚による美味しさが、それぞれ味覚分子や嗅覚分子を通じた「化学的な美味しさ」であるのに対して、食感による美味しさは食品の物性(硬さや表面の性状、温度など)を反映した「物理的な美味しさ」と言えるでしょう。 化学的な美味しさと物理的な美味しさの重要性は、食べものの種類によっても異なり、そのまま飲み込むスープのような液状の食品では化学的な美味しさの影響が強いのに対して、噛んで食べるビスケットのような固形の食品では物理的な美味しさの影響が強くなります。
また興味深いことに、化学的な美味しさと物理的な美味しさは相互に関わっていることが知られています。例えば、同じ小豆から作られる「餡子(あんこ)」と「御汁粉(おしるこ)」を例にとると、固形の餡子では糖度が約60%と高いのに比べ、液状の御汁粉では同じ糖度にすると甘すぎるため、餡子よりも糖度を低く抑えています。一般的に食品が固くなると味や香りは弱くなる傾向にありますが、これは味や香りの成分が口の中で分散しにくく、味覚や嗅覚の重要体に到達しにくくなるためだと考えられています。このような食品の物理的・化学的な性質を理解しておくと、美味しく調理するのにとても役立ちますね。
食感を構成する温覚も重要な要素です。温度によって美味しさが変化することは日常生活でよく経験することです。例えば冷えたアイクリームは美味しいのに溶けたアイスクリームは甘ったるく感じられたり、温かい味噌汁が冷めるとダシの旨味が弱くなる一方で塩味を強く感じたりすることがありませんか。これは甘味や旨味の感受性が温度によって変わり、相対的に塩味も変わって感じるからだと考えられています。また温度によって食べものや飲みものの香りや舌ざわりも影響しますよね。一般的に温度の上昇に伴って、液体は蒸散しやすくなるため香りが増しますし、固体は融解しやすくなるためその形状や舌ざわりも変化していきます。
以上のように、食感は美味しさにとって重要な役割を担っていますが、一方で食感による美味しさは年齢や経験によっても変化し、 個人によっても異なります。特に身体機能が未熟な乳幼児や身体機能が低下した高齢者に食事を提供する場合には、食品の形状を配慮する必要がありますので、料理の美味しさを食感の点から考えることはとても重要です。
今回のシリーズでは「五感と美味しさ」をテーマに連載してきました。美味しさは、舌や口の中で「味覚」として感じているだけでなく、「嗅覚」「視覚」「聴覚」「触覚/食感」と合わせて五感で「美味しさ」を感じていることを御理解いただけたでしょうか。この美味しさのメカニズムを知り、少しでも日々の食生活に生かすことで、御自分に合った「美味しい減塩」の方法を見つけてもらえると嬉しく思います。それでは、また次の連載時にお会いしましょう!
- Del Moral RG.Gastronomic Paradigms in Contemporary Western Cuisine: From French Haute Cuisine to Mass Media Gastronomy.Front Nutr. 2020;6:192.
- Charles Spence, Betina Piqueras-Fiszman. The perfect meal: the multisensory science of food and dining. Wiley-Blackwell. 2014.
- Charles Spence. Gastrophysics: The New Science of Eating. Penguin Books. 2018.
- 石川 伸一. 料理と科学のおいしい出会い: 分子調理が食の常識を変える. 化学同人. 2014.
- オーレ・G・モウリットセン, クラフス・ストルベク. 食感をめぐるサイエンス. 化学同人. 2017.