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減塩コラム:「美味しさ」を見つける その⑤ ~「聴覚」の美味しさ~ | 千葉東病院 腎臓内科 川口 武彦先生
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減塩コラム

各先生に減塩に関するコラムを
執筆していただいています

「美味しさ」を見つける その⑤
 ~「聴覚」の美味しさ~


今回は五感(味覚・嗅覚・視覚・聴覚・触覚)のうち、「聴覚」がどのように美味しさに関わっているのか、見ていくことにしましょう。

前回お話しした「視覚」と美味しさの関係については、皆さんも想像しやすかったと思いますが、「聴覚」と美味しさの関係というと、少しピンとこないかもしれませんね。しかし意外にも聴覚は美味しさに一役買っています。

音を聞く

聴覚と美味しさの関連を示す面白い研究は幾つもありますが、有名なものの1つに「ポテトチップスの音」に関する研究があります。この研究では、被験者がポテトチップスを食べる時に、ヘッドホンを装着して自分の咀嚼音を聞いてもらいながら、ポテトチップスの歯ごたえや新鮮さを評価してもらいました。すると、咀嚼音を小さな音で聞いてもらった時と比べて、咀嚼音を増幅して大きな音で聞いてもらった方が、同じポテトチップスであっても、歯ごたえと新鮮さをより強く感じることが分りました。

これは美味しさが味覚や嗅覚だけでなく、聴覚までをも含む多面的な感覚であることを実証するものです。これがいかにインパクトのある結果であったかは、「イグノーベル賞」を受賞したことからも分るでしょう(「イグノーベル賞」は、ノーベル賞のパロディとして1991年に創設され、世界中の人々を笑わせ、そして考えさせてくれる独創性に富んだ研究や発明に対して贈られる栄誉ある賞です。単純には比較できませんが、ある意味で本家のノーベル賞よりも受賞が難しいとも言われています!)。

ポテトチップス

同様に、音と美味しさの関係を示す例として、コーヒーメーカーの音を聞きながら飲むとコーヒーの味が変わるかどうかを調べた研究があります。コーヒーの中身は全て同じであったのにも関わらず「高価」なコーヒーメーカー(豆を挽くときに耳障りのする高い音を生じないコーヒーメーカー)の音を聞いた時の方が、コーヒーの風味がよく美味しく感じられたそうです。

コーヒーメーカー

また別の例では、カキ(オイスター)の味についての研究があります。これは二種類の音を別々にヘッドホンで聞いて、カキの味を比較したものですが、1つは潮騒やカモメの鳴き声などが響く海辺の音で、もう1つはニワトリや牛の鳴き声などが聞こえる農場の音でした。結果は予想通り、前者の音を聞いた方が、カキの味を美味しく、また塩気も強く感じたそうです。

牡蠣 海辺

以上の例からも、我々は耳でも食事を味わっていることが分かります。オープンキッチンのレストランでの食事を思い出してみましょう。実際の調理風景(視覚)や調理の際の香り(嗅覚)を感じるだけでも十分に食欲が増しますが、野菜を切るリズミカルな音や肉をジューっと焼く調理の音(聴覚)が共に合わさると、食事は一層美味しいものになりますよね。想像するだけでも涎が出てきます!

しかしながら、美味しさのために、上記の例に共通するようなその食べ物に関連する音を常に再現することは、聴覚効果を売りにしている一部のレストラン(海辺の音をBGMにして雰囲気を醸し出しているシーフードレストランなど)で食事をする以外に、日常の食生活では少々難しそうですね。
一方で、食べ物に直接関連しない音は、美味しさに関連するのでしょうか。過去の研究では、食べ物に直接関連しない音のうち、純音(単一の周波数による音)による聴覚刺激は、甘味や塩味といった味覚に影響を与えませんでした。しかし、モーツァルトの曲のような音楽による聴覚刺激では味覚、特に甘味が高まり、そしてその音楽が好きであるほど味覚の増強効果は高まったそうです。この研究結果から、食事に直接関係ない音でも、その人にとって心地よい音楽は、食事の美味しさを引きたてる可能性が十分ありそうです。これは私たちの実感とも合致しますね。

もともと生理学的に見て、音楽(特にヒーリング・ミュージックと言われるジャンル)には、ストレスに関連する副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)やノルアドレナリン、コルチゾールといったストレスに関連するホルモンを低下させる作用が知られており、ストレスを減らしたり免疫力を高めたりする可能性も示されています。
動物実験になりますが、心臓移植手術を受けたマウスにオペラ「椿姫」を聴かせたところ、何も聴かせなかったマウスよりも拒絶反応が抑えられて生存期間が延びたことも、有名ですね(ちなみにこの研究もイグノーベル賞を受賞しています!)。

オペラ

今回お話した聴覚の効果について、減塩に直接役立てるのは難しいかもしれませんが、前回のコラムでも述べた拡張現実感(Augmented Reality: AR)の技術により、美味しさのために食品に関する音響効果を増強する(例えば特殊なイヤホンを用いてポテトチップスの咀嚼音を増強する)といった試みは今後増えていくでしょう。過剰な塩分に頼らなくても食事が楽しめるように「美味しさ」を追求することが、減塩を効果的に続ける秘訣ですので、料理の味、香り、色彩とともに、その料理に関連する心地よい音や、自分の好きな音楽も是非活用して、自分にとって健康的な「美味しさ」を見つけられるといいですね。

ヘッドホン

次回は、今回のシリーズ「美味しさを見つける」の最終回として、「触覚(食感)」と美味しさについてお話しします。お楽しみに!


文献・出典
  1. Spence C.Multisensory flavor perception.Cell. 2015;161:24-35.
  2. Zampini, M., and Spence, C. The role of auditory cues in modulating the perceived crispness and staleness of potato chips. Journal of Sensory Science. 2004;19,347–63.
  3. Auvray M, Charles Spence C. The multisensory perception of flavor. Consciousness and Cognition. 2008;17:1016–31.